錦絵「桶狭間之戦」揚州周延(ようしゅうちかのぶ)画 (梶野 一 所蔵) 桶狭間古戦場保存会

桶狭間の戦いは織田信長が今川義元の大軍を打ち破り、その名を日本中に知らしめ新たな時代の幕を開いた日本史上特筆すべき戦いです。 戦いの前日、2万5千の兵を率いて今川義元は沓掛城へ入城。松平元康(後の徳川家康)に大高城への兵糧入れと、織田軍の砦への攻撃を命じます。翌日、今川義元は大高城へ向け出陣。途中「おけはざま山」の本陣に入り、松平元康が早朝に攻め落とした砦などの報告を受けながら休息をとりました。

一方、砦への攻撃を知った織田信長は急ぎ清洲城を出発。熱田神宮で戦勝祈願の後、10時頃に善照寺砦に到着。信長は精鋭2千の兵を率いて今川本陣を目指し、突然の暴風雨のなか山や谷を駆け、おけはざま山の麓に到着。攻撃の機をうかがいます。空が晴れあがると信長は槍を持ち大声で突撃を命じます。今川軍は突然の攻撃に慌てふたむき、義元も退却を始めますが田楽坪(桶狭間古戦場公園)に追い込まれます。義元は果敢に抵抗するも毛利新介に頸を取られ、多くの今川兵も深田に足を取られたところを討取られ壊滅状態になり退却。勝利した信長は勝どきを挙げ、村人に戦死者の供養を命じると清洲城へと帰っていきました。